PB SWISS TOOLSの原点へ。博物館で知った、工具づくりと挑戦の歴史
今回、PB SWISS TOOLSの本社工場へ行き、工場見学やミュージアムの見学を通じて、ものづくりへのこだわりや、これまでの歴史を学んできました。

PB SWISS TOOLSの工具の魅力をお伝えするには、製品の特徴だけでなく、どのように生まれ、進化してきたのか、その歴史を知ることも、とても大切だと感じました。
PB SWISS TOOLSといえば、ドライバーや六角レンチを思い浮かべる方が多いと思います。しかし、その原点は、地域の暮らしを支える小さな鍛冶屋でした。
そこで今回は、まずミュージアムで学んだPB SWISS TOOLSの歴史をご紹介します。
始まりは、農具をつくる鍛冶屋
PB SWISS TOOLSの歴史は、1878年にさかのぼります。
スイスのエメンタール地方にあるヴァーゼンで、馬の蹄鉄や農具など、農家や村の人たちが必要とする道具をつくっていました。

その始まりの建物にも、面白い背景があります。
もともとは、この地域に鉄道が通ることを見込んで用意された宿屋でした。しかし、鉄道は費用の問題から別のルートを通ることになり、宿屋も開業しなかったそうです。
そこで、その建物全体を借り、鍛冶屋の仕事を始めたと教えていただきました。従業員3人とともに、少しずつ事業を広げていったそうです。
ねずみ取りが大ヒット。製品だけでなく、製造機械も開発
その後、事業はチェーンやねずみ取りなどの製造へと広がり、機械による量産にも取り組むようになっていきます。なかでも、ねずみ取りは大ヒット商品になり独占販売していたそうです。

ミュージアムには、当時の製品だけでなく、それらをつくるために開発された機械も展示されていました。
ねずみ取りの製造機はチェーンの製造にも使われ、ねずみ取り自体の生産は1987年まで続いていたそうです。

僕の感覚では、つい最近までつくっていたんですね。という感覚です。PBといえば工具というイメージだったので、これは驚きでした。
もともと発明家の血筋だったというお話を聞くと、こうした機械を自分たちで開発できたことにも納得がいきます。

製品を考えるだけでなく、それを効率よくつくるための機械まで考える。
後の工具づくりにつながる技術や発想が、この頃から育まれていたのだと思います。
「PB」は、Paul Baumannのイニシャル
ブランド名の「PB」は、現在のPBブランドの礎を築いたPaul Baumannのイニシャルに由来します。
Paul Baumannは職人としてこの工房に加わり、後に工房を営む家の娘と結婚。1918年に事業を引き継ぎ、その発展を担いました。

普段、工具に入っているロゴとして見ている「PB」ですが、その由来を聞くと、家族が世代を超えてつないできた会社なのだと実感します。
ドライバー製造の転機は、スイス軍からの依頼
現在のPBにつながる大きな転機となったのが、第二次世界大戦中のドライバー製造です。
公式年表では1939年の項目で、Paul Baumannと息子のマックス・バウマン・シニアによる、スイス軍向けの手工具開発が紹介されています。

ミュージアムでの説明によると、1940年代初頭、戦争の影響で手工具の輸入が途絶え、スイス軍からドライバーの製造を依頼されたそうです。
それまでに培ってきた金属加工や機械生産の技術が、新たな工具づくりへとつながっていきました。
僕はここで、「それまでドライバーをつくっていなかった会社が、どうやって技術を身につけたのか」と質問しました。
その答えとして印象に残ったのが、バウマン家には、以前から新しい技術を研究し、発明に取り組む姿勢があったというお話です。

1944年のマイナスドライバーの図面です。この時、既に現在のマイナスドライバーの先端と同じ形状になっています。
依頼を受けて突然すべてが始まったのではなく、それまでの経験や研究の積み重ねがあった。その土台が、工具メーカーとしての発展を支えていたのだと思います。
戦後、工具メーカーとしてさらに発展
戦後になると、工具は工業や職人の間にも広がっていきました。
公式年表によると、1945年にはヴァーゼンに初の工業用建屋が建設されています。
創業時に借りた宿屋から始まり、工具づくりの発展とともに、生産設備も拡充されていったのですね。
その当時の工場が現在のミュージアムになっています。
木製から樹脂へ。グリップにも進化の歴史がある
最初のドライバーは、木製グリップでした。
1948年には樹脂製グリップの製造を始めますが、当初は樹脂の棒材を旋盤で削って形にしていたそうです。

木から樹脂へ素材は変わっても、削り出す方法では手間がかかります。
そこで、1950年代初頭、Paul Baumannの息子であるマックス・バウマン・シニアが注目したのが、アメリカの射出成形技術でした。樹脂を金型に入れ、グリップの形に直接成形する方法です。
今では身近な製造方法ですが、当時のPBにとっては、大きな挑戦でした。
半年分の売上に相当する機械を導入
その射出成形機は、当時の会社の売上高の約半年分に相当する価格だったといいます。
導入に慎重な父Paul Baumannと、将来のために必要な投資だと考える息子マックス。二人は何度も議論を重ね、1953年についに機械を導入しました。

ただ、機械を買えば、すぐにつくれるわけではありません。
スイスではドイツ語が一般的ですから、英語の資料を読み解くために自分の英語の先生の助けを借りながら、使い方を学び、試行錯誤を重ねたそうです。
ミュージアムでの説明によると、アメリカから射出成形機を輸入し、この技術でドライバー用の樹脂グリップの生産を始めたのは、ヨーロッパではPBが初めてだったそうです。

この挑戦が、その後の会社の発展を大きく後押ししたと紹介されていました。
今、僕たちが見慣れているPBのグリップの背景には、新しい技術を取り入れる決断と、それを使いこなすための努力があったんですね。
気になっていた、グリップの素材についても質問
今回、僕が確認したかったことの一つが、PBのクラシックグリップに使われている樹脂についてです。
説明に登場したのは、CABと呼ばれるセルロース系樹脂。植物由来のセルロースを原料に使う素材で、アメリカから材料を輸入していたそうです。

再生可能な木材資源を原料とし、製造時に生じる余りを細かく砕き、再び材料に混ぜて利用しているとのいこと。
グリップ一つを見ても、素材の選択と、それを加工する技術の両方に歴史がある。普段見慣れている工具が、少し違って見えてきます。
1969年、日本へ上陸
こうして技術を磨いてきたPB SWISS TOOLSは、1969年に日本に上陸しました。
今、僕たちが店頭で当たり前のように手にしているPBの工具ですが、日本でも半世紀以上にわたって親しまれてきたんですね。

スイスで積み重ねてきたものづくりの歴史が、日本の工具ユーザーにもつながっていると思うと、より親しみが湧いてきます。
歴史を知ると、工具の見え方が変わる
今回の見学で僕が強く感じたのは、PB SWISS TOOLSには、新しい技術を学び、製造方法を進化させてきた歴史があるということです。
農具やチェーンの製造で培った技術が、ドライバーへ。そして、木製グリップから樹脂の削り出し、さらに射出成形へとつながっていく。
今、僕たちが当たり前のように使っているPBの工具には、こうした挑戦が積み重なっています。
これから店頭でPBのドライバーを手に取ったときには、グリップに込められた、ものづくりの歴史にも少し思いを巡らせていただけるとうれしいです。